キラキラ企業入社組が、突然休職する理由-自責思考を求める組織が、なぜ休職者を出し続けるのか-

「大丈夫です」と言い続けた人物が、ある日突然休職する「隠れストレス負債」。
産業医として、数多くの「隠れストレス負債者」を見てきた鈴木裕介先生は、笑顔で「できます」「もっと成長します」と言うことがカルチャーになり、自責思考を追求する企業ほど、隠れストレス負債者が多くなる傾向にあると語ります。
調査では、隠れストレス負債者の84%が自責思考、当事者意識文化の企業に所属していることも分かっています。
そこで鈴木先生と、就活人気ランキングの常連のキラキラIT企業に入社しながら、休職した経験を告白したつっきーさんとの対談を通じて、自責思考を追求する、キラキラ成企業が休職者を出し続ける理由を分析します

筆者:つっきー

feministな会社員。個人でコラムやエッセイのお仕事も。今は東京のIT企業でフルタイム・フルリモートしつつ、長野で暮らすという二拠点生活をしています。植物・ドラマ・宝塚が好き。
twitter : @olunnun
メールマガジン「ご自愛通信」 : gojiai.theletter.jp
突然休職の体験記事 : 『「ご自愛する」という戦い方』を選択した、私の2年間の葛藤

鈴木裕介(すずき・ゆうすけ)

内科医・心療内科医・産業医
2008年高知大学卒。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを開業。研修医時代の近親者の自死をきっかけに、ライフワークとしてメンタルヘルスに取り組み、産業医活動やSNSでの情報発信を積極的に行っている。
著書に『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』など。
東洋経済オンラインプレジデントオンラインなどでも、休むことの難しさやストレスに関するコラムを寄稿している。
twitter : @usksuzuki

何でもこなして出世も順当な人物こそ、急にポッキリ折れる

――今日は、隠れストレス負債で休職を体験した当事者としてのつっきーさんと、隠れストレス負債者を診療している鈴木先生、というそれぞれの立場からお話を伺えればと思います。

つっきー

実は休職する直前のことはあんまり記憶がないんです。ただ、ある日突然動けなくなった時は、もうおしまいなのかなって思いました。社会人としてもう終わるんだろうなと。

鈴木

休職するってすごい怖いこと。経験のないことだから。「全く経験のない部署に異動するのと同じような感覚」って患者さんの1人が言ってました。でも、実際はすごく多いですね。

つっきー

社内にもたくさんいました。「あの人休職したらしいよ」「え、あんなに元気にやってたじゃないですか」みたいなのが多くて。

鈴木

「過剰適応」ってまさにそういうこと。心配させるぐらいだったらしっかり演じ切ろう、って思うんですよね。優秀で器用で、演技がうまいから周りも気付けない。

つっきー

そうなんですよね。笑顔で「できます」「もっと成長します」ってポジティブなことを言うのが文化みたいな。「しんどいわ」とか「もう嫌だわ」とかネガティブなことは言わない。

鈴木

カルチャーが強い企業ほど、過剰適応で倒れる人が多い印象ですね。無理をしてでも適応したいと思える文化があるということは、企業として魅力的であることの裏返しでもあるんですが。

つっきー

「しんどいわ」とか「もう嫌だわ」とかちょくちょく小出しに吐き出してる人のほうが、元気に長く働いてるような印象はありますね。いつも元気で何でもこなして出世も順当、みたいな人が急にポッキリ折れがちかも。

――突然休職するリスクの高い、隠れストレス負債者の63%は年収800万円以上というデータもあります。

鈴木

馬力のある完全無欠の超スーパーマンの下も、休職者が多くなりがちなんですが、それって、上司がパワーありすぎて全然衰えない人だと、部下は「しんどい」を共有できないという一因もあると思います。本人は悪気がないんですが、「覇王色の覇気」が出ちゃっててやられちゃうような感じに近いかもしれません。

つっきー

『ワンピース』の能力者みたいな上司ですね。たとえばルフィは悪い人じゃないし、パワハラしてるわけじゃないけど、そんな上司についていったら命がいくつあっても足りない(笑)。

鈴木

だから、マネジメント研修とかでは「上司の方が『疲れた』とか『調子悪い』とかどんどん言ってください。そのほうが部下が安心するんです。」と伝えるようにしてます。

宗教化しやすいキラキラ企業との付き合い方

つっきー

一方で、そういう文化の会社では、覇王色を操る上司のもとで働くことは、やっぱりみんなが憧れることなんです。大きなミッションを任されて、「自分も覇気によって倒れるかも」みたいな状況でも、そこに立ち向かうことで自分もが成長するチャンスになるし、それが名誉であるというカルチャー。

鈴木

自分よりも大きなものに身を投じることは、人間としてのクラシカルな幸せではあるんです。

つっきー

実際やりがいもあって幸せだし、評価もされる。ネガティブな意味ではないですが、もしかしたら宗教と似てるのかも、とも思うんです。大きい何かに身を投じて、これをやればみんな褒めてくれる。そこから承認を得られるのが、そういうカルチャーの会社。

鈴木

おっしゃるとおり、強い企業カルチャーと宗教って類似する部分があると思います。なので、つきあい方も参考になる。宗教的なものに豊かさを得ている人もいれば、カルト的にどっぷりハマって身を持ち崩す人もいる。

でも、じゃあ「いい宗教」と「カルト宗教」を分けるのは何かというと、それは「自我の存在」です。自分が地に足がついていて、ある程度合理的な判断ができる状態で、自分よりも大きなものや、つながりに身を投じるのは、すごく幸せなことです。でもカルト宗教は「自我」を認めないし、そのために洗脳の手口を使うこともある。
新入社員って、いわゆる「プレパーソナル」な状態です。つまり、自分の社会的なアイデンティティがまだ確立していないんですね。だから、共同体のアイデンティティで埋め合わせしようとする。そこで利害が一致してしまって、カルトっぽいハマり方になってしまうことがある。
でも、そういう「殉職」みたいな働き方は長続きしません。やっぱり、共同体の成員であるというところ以外での、自分固有のアイデンティティだったり自分の感覚に紐づく豊かさも追求していくほうが、より着実な道なんじゃないかと思いますね。

つっきー

感覚としてすごくわかります。休職したときに、「会社に身を捧げて働いたけど、倒れちゃったら残るのってヨレヨレになった自分だけじゃん」と思ったことがあって。仕事を通していろんな経験をさせてもらっていたから、会社の目指すところと自分の人生をどこか重ねてして働くのはすごく高揚感がありました。、でも自分の人生や健康は、自分が守らないといけない。その絶対領域を持っておかないと、本当に何も残らなくなっちゃうなって感じました。

鈴木

社会的な生命体である人間と、動物である人間の、そのバランスが大事なんだと知っていく必要があります。じゃないと長続きしないんですよね。プロとしていい仕事をずっと続けることが多分できない。
僕はよく甲子園とプロ野球で例えるんですけど、みんなはペナントレースをやってるのに、自分1人だけ甲子園やっちゃうんですよね。1回負けたら終わりだと思って、ヘッドスライディングするし、肩外れても投げるし。

つっきー

スラムダンクの「オレは今なんだよ!」みたいな。桜木は山王戦に全部かけるけど、だいたいの会社員の戦いはまだまだ先長いですからね。

鈴木

野球のたとえで言うと、適切な自分の守備位置とか責任範囲がどこなのかなっていうことも大事です。でも、そんなこと誰も教えてくれない、。野球で例えると、セカンドが守備位置なのに、サードもショートもファーストも全部守るとか、ライトにヒットが飛んだらへこむみたいなことをやってると潰れちゃいますよね。

つっきー

でも会社では、違う領域について気にかけていたりとか、責任を感じたりするような人材の方が、褒められる。会社の未来を真剣に考えてる良い社員であると。

鈴木

そう、褒められちゃうんですよ。

――最近は「自責思考」「当事者意識」を求める企業も多いですよね。隠れストレス負債者の84%が、自責思考、当事者意識文化の企業に所属していることも分かっています。

つっきー

私もそうだったんですが、どんどん会社の行く末とか、部署の方向性と自分自身を同一化していっちゃうんですね。会社と自分が切り離せなくなる、という状況がいろんな人に起きていると思います。
でも自分のキャパシティを管理できるのは自分だけだし、自分の健康のことを会社は責任とってくれないですから。会社は利益を追い求めるのが当たり前なので、「やれるんだったらやれるだけやってください」と言うけど、自分の健康を保証してくれるわけではない。そこは自分で自分の頑張れる量を見極めて、困ったら助けを求めていかないとな、と学びました。このバランスが難しいなと思ってます。
私は会社が嫌いになったとか、恨んでるとかは全然なくて、やってみたい仕事とどこまで頑張れるかの塩梅の調整がまだできてなかったんだと思います。

鈴木

魅力的すぎちゃうっていうことなんですよね。

無防備になりたいんですよ、みんな。

――つっきーさんは休職する前の自分に何かアドバイスするとしたらなんと声をかけますか。

つっきー

新卒の頃の自分に、今の自分が何か言っても、「戦線離脱したやつの言うことなんか聞くか」と思うでしょうね。

鈴木

わー、リアリティ(笑)。

つっきー

「こっちは戦ってんだよ」みたいな感じになると思う。だから全然安全じゃないやり方ですけど、1回倒れないと分からないですよね。

鈴木

おっしゃる通りで、がむしゃらモードに入ってる人に直接刺さる言葉ってたぶんない気がします。そういう体験も貴重なもので、経験を否定する気もないですし。だから、ジジイみたいだけど「コケてからが本番だからな」って言うしかないのかな。

つっきー

本当そうですね。

鈴木

なるべく上手にコケてほしいし、一度コケてからが本当に試される。葛藤がなかったら、やっぱり成長とかないんです。仕事ができるようになるとか知識が増えるっていうレベルの成長じゃなく、人生の新しい次元が開けるという意味の成長。知識じゃなくて「知恵」に繋がるような成長って、やっぱり生き方の変化を迫られるような葛藤の中にしかない。そういうジジイみたいなことを言っておくしかないんじゃないかと。

つっきー

その時は響かなくても、コケたときに、そういえば鈴木先生があんなこと言ってたな、と。

鈴木

コケたときに、ジジイがあんなこと言ってたな、とインサートで入ってくる。

つっきー

ビジネスの世界では、馬力がある人、覇気の操り手が優れていると評価されがちですが、一回転んだことがあったり、ちょっと弱いところを持っていたりする人のほうが、組織で働く上ではいいこともあるのかもしれないですよね。

鈴木

色んな痛みを経験している人のほうが、単純に話していても面白いし、変に虚勢を張らずに本当のことを喋ってくれるから、安心しやすいってのもあるんじゃないかな。本当のことを喋れるのがやっぱり一番楽ですから。
無防備になりたいんですよ、みんな。でもリスクがあってなかなかなれない。無防備になるためのお作法が必要な時代なのかもしれません。正直になるとか本当のことを言うのって、才能というか、すこし違った種類の「つよさ」が必要ですよね。

――そういう意味で、覇王色を持っている側が気をつける必要がある、と。

鈴木

自分の背後に流れるパワーに無自覚だとマネジメントはうまくいかない。実績があればパワーは出るし、知識をつけてもパワーが出ます。眉毛が太いと背が高いとか、そういうことでもパワーって出ちゃうんです。

つっきー

でも、キラキラした会社に入社する能力の持ち主は、頑張り屋さんで弱みを見せるのが苦手だから「大丈夫です」の演技力も抜群だったりするので、なかなか休職前のサインに気付くのも難しい。私も新卒で入った会社の産業医面談は全部「問題なし」で答えていましたし、休職したと聞いてびっくりした人も多かったと思います。

――つっきーさんに限らず、ビジネスパーソンの30%は、ストレスチェックで忖度回答の経験があるそうです。

鈴木

ルフィはまだ「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある」とか言えちゃうからいいんだけど、そういうことを言える人は決して多くないと思います。。パワーを持っている側の人が無自覚だと、どうしても周囲の忖度が発生してしまって、コミュニケーションの質が上がりにくい。でも、マネジメントに限らず、周りの人が自分に本当のこと言ってくれない状態がずっと続くのって、すごく恐ろしいことですよね。あまり幸せな状態じゃないと思います。