テレワークで1日4件以上の会議、突然休職の理由と対策

テレワークで1日4件以上の会議、突然休職の理由と対策

約20%の「大丈夫」と言い続けた社内キーパーソンが、突然休職する真相では、脊髄反射的に「大丈夫」と言ってしまい、周囲の期待に応えるエリート社員が、なぜ自分が高ストレス者であることに気付かず、突然休職するリスクを抱えるのか、データをもとに解説しました。
そんなエース社員に、テレワーク化が進む2022年に起こっているのが、会議過多による突然休職です。
今回は、見落とされがちなテレワークの落とし穴と原因について、東洋経済オンラインプレジデントオンラインなどでも、休むことの難しさやストレスに関するコラムを寄稿している、産業医の鈴木裕介先生に解説頂きました。

鈴木裕介(すずき・ゆうすけ)

内科医・心療内科医・産業医
2008年高知大学卒。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを開業。研修医時代の近親者の自死をきっかけに、ライフワークとしてメンタルヘルスに取り組み、産業医活動やSNSでの情報発信を積極的に行っている。
著書に『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』など。
東洋経済オンラインプレジデントオンラインなどでも、休むことの難しさやストレスに関するコラムを寄稿している。
twitter : @usksuzuki

つっきー(モデレーター)

feministな会社員。個人でコラムやエッセイのお仕事も。今は東京のIT企業でフルタイム・フルリモートしつつ、長野で暮らすという二拠点生活をしています。植物・ドラマ・宝塚が好き。
twitter : @olunnun
メールマガジン「ご自愛通信」 : gojiai.theletter.jp
突然休職の体験記事 : 『「ご自愛する」という戦い方』を選択した、私の2年間の葛藤

1日4件以上の会議がリスクになる理由

――今回の調査では、オンラインミーティングが1日4件以上になると、高ストレス者が急増するという結果が出ましたが、どのような要因が考えられますか?

そもそもの話ですが、「オンライン会議はリアル会議よりもラク」というわけではありません。視覚や音声のラグによって認知負荷がかかっていたり、眼精疲労や腰痛など作業環境による身体的負荷など、オンライン特有の疲労がありますが、それに気づきにくいため、「疲労感の乏しい疲労」が蓄積しやすいのです。
オン/オフの切り替えもなかなか難しく、「臨戦態勢」がずっと続いてしまうため、自律神経の調整が難しく、休むべきタイミングでうまく休めない状態に陥りやすいと言えます。心身を緊張させた状態が続いてしまうのですね。

テレワークのストレスには、この自律神経の調整不全が大きく関わっています。
すこし説明させていただくと、自律神経には以下の2つの「モード」があって、環境の変化によって自動で切り替えてくれます。

交感神経:身体を興奮させ、動きを活発にする「バトルモード」
副交感神経:身体をリラックスさせ、休んで元気を貯める「休息モード」

交感神経は人が活発に活動するための、車のアクセルに相当する役割で、副交感神経は安静時や睡眠時などに体を回復させる、車で言うブレーキに相当する役割です。
これら2つのモードを、環境の変化に合わせて自律的に調整してくれるから「自律神経」なのです。

自律神経の働き

人が活発に活動するためには、交感神経が働く必要がありますが、環境負荷が強すぎると交感神経過剰の状態が続き、心身ともに疲労してしまいます。
そのため、身体を休ませるモードである、副交感神経とのバランスが重要になります。通常は、朝起きると交感神経が優位になり、夜になると副交感神経が優位になります。
テレワーク環境だと、家という「休むための空間」で際限なく仕事ができてしまうため、恒常的に「臨戦態勢」が継続し、交感神経過剰状態になりやすいのです。この交感神経がずっと緊張しっぱなしの状況のことを生理学的に「ストレス状態」というんですね。

人が慢性的なストレス状態になると、、その困難や危機に対抗するために、アドレナリンやコルチゾールなどの抗ストレスホルモンを分泌させ、血圧を上げたり血糖値を上げたりして活動性を確保し、その状況にがんばって対抗しようとします。

これにより、ストレス環境下で一時的にパフォーマンスが上がることも少なくありません。 しかし、抗ストレスホルモンはあくまでも「短期決戦」向きです。 なぜなら、体内のホルモンには限りがあり、それが枯渇してしまうと、一気に調子を崩してしまうからです。

ストレス反応の3相期の変化

――今回の調査では、高ストレス者の57%が自身の高ストレスを自覚していない、という結果になりましたが、それも、この仕組みと関係あるのでしょうか?

前述のように、環境的な負荷がかかっているときには、抗ストレスホルモンによって「ドーピング」されている状態なので、疲労を実感することは難しいんですね。とくにオンライン会議の環境負荷は自覚しにくく、「疲労感のない疲労」が蓄積しやすい状態だと思います。

今回の調査で、突然休職するリスクの高い「隠れテレワ負債者」と呼ばれる方の76%が、年収800万円を超えるハイパフォーマーであることが明らかになっていますが、そうした方ほどミーティング過多になりやすい一方で、疲労の自覚がないためケアが行き届かないというのはあると思います。

テレワーク特有のストレス「Zoom fatigue(Zoom疲れ)」の正体

コロナ禍でテレワークが普及し始めてから「Zoom fatigue(Zoom疲れ)」という概念が提唱されています。ビデオ会議でのコミュニケーションは、対面と異なる疲れが生じることが、徐々に研究で明らかになってきています。
例えば、対面で人と会話したときに得られる相手のリアクションや表情などの情緒的な交流を、脳は「報酬」として受け取るのですが、ビデオ会議だと会話にラグが生じたり、円滑に会話が進まなかったりするため「報酬」が得られにくい。
報酬が得られない行為をするのは脳にとっては疲れてしまう要因です。

また、ビデオ会議の画面に人の顔がたくさん映っているのを見続けることも、脳にとっては負荷がとても高い行為です。常に複数人の表情から得られる情報を処理し続けるのはとても疲れる行為です。
また、画面に自分の顔が映っていることも、負担に感じることが明らかになっています。これは「鏡の不安」と呼ばれ、女性により強く出ることが明らかになっています。

――テレワークが増えたこの数年で、先生のところに来る患者さんにも変化がありましたか?

「テレワークがしんどい」という人は確かに増えている一方、「テレワークになって楽になった」という人もいます。
その違いは、人間関係において「どれくらいの距離感が安心を感じるか」という個々の感覚の違いであり、それはその人のもともとの気質や環境によって大きく変わります。元々あった違いが、フルーツバスケットのように働く環境が一斉に変わってしまったので非常に際立ってしまった、ということだと思います。

会議間の5分休憩が効果的な理由

――一方で同じ状況であってもストレス値が低い人は、ミーティングの間に5分〜10分程度の休憩を挟む、「会議間インターバル」を実践しているということがわかりました。
少し休憩を挟むことでかなりストレス値に差が出るというのは、どういった理由からなんでしょうか?

交感神経過剰状態がずっと続かないように、クールダウンタイムをとってあげることはとても有効だと思います。
会議間に5分休憩(インターバル)を挟むことは、副交感神経とのバランスを、いい塩梅に近づけることにつながるでしょう。
先程指摘したテレワーク特有のストレスは、目から入ってくる情報由来のものが多く、この目から入ってくる情報はとても脳に負荷がかかることが分かっています。

その点でも、会議間の5分休憩(インターバル)にPC画面を見ないでいることが有効だったと考えられます。
目を閉じて休ませてあげたり、緑地や植物に目を向けたり、自分の心が落ち着ける写真やフィギュアなんかを近くにおいてぼんやり眺めるのもよいでしょう。近距離に植物や親しいものの写真などを置いて眺めることは眼精疲労を和らげ、副交感神経を優位にすることが知られています。また、呼気を長くする深呼吸も有効です。

――5分の休憩をとるのも難しい場合、少しでも疲れを和らげるためにできる工夫はありますか?

会議が続いて全然休むタイミングがないときは、多少の脚色が入ってても、うまく時間を確保してもいいんじゃないかなと思っています。
僕の場合は、会議の最初の方で「前のミーティングが続いてトイレに行けなかったので5分ください」って言ったり、「途中で宅配便がくるのでちょっと抜けると思います」と宣言しておいたりします。
ほかにも「この後予定が詰まっててどうしても◯分には抜けないといけなくて」とか「電話しなきゃいけないのでちょっと抜けます」とか。

7時間睡眠がエース社員を救う理由

――今回の調査では勤務間のインターバル(7時間以上の睡眠時間)が確保できているかどうかも低ストレス者と高ストレス者で大きく差が出ました。そもそも睡眠とストレスにはどういった関係があるのでしょうか?

会議過多のエース社員の突然休職を防ぐ「勤務間インターバル」

まず前提として、睡眠時間は何時間が理想か?という議論は最近は下火になっています。
それは人によって最適な催眠時間がかなり違うことが分かってきたからなんですが、今回の調査でいうと「その人に必要な量の勤務間インターバル(睡眠)を確保できているかどうか?」を比べたときに、あくまで平均が7時間程度だったということでしょう。すべての人が「7時間寝なければ!」ということではありません。

睡眠とストレスの関係として、「ここは安心だ」と思える環境、副交感神経優位の時でなければ、人はゆっくり寝たりご飯を食べたりできないようにプログラムされています。
人間の体は本来太陽と一緒に活動するように設計されてるので、体内時計が正常ならば、朝になったら交換神経優位になって、夜になったら副交感神経優位になります。
しかし、夜中になってもPCやスマホを使ったり、明るい照明の下でずっと仕事のことを考えていると、「仕事(=バトル)モード」状態なので、うまく副交感神経に切り替えることができないんですね。

そんな状態が続くと、体は疲労して休息したいと思っているのに、脳は「覚醒モード」に入ってしまう。睡眠の質が下がったり、途中で起きたりしやすくなる。さらには朝起きられない、仕事に取りかかれないという状態になってしまいます。

――なるべく自分にとって必要な時間の睡眠を確保したいですが、寝る前に仕事のことを考えてしまってうまく眠れなかったり切り替えが難しかったりする人は多いと思います。なにかアドバイスはありますか?

「仕事のことを忘れてリフレッシュ」ってなかなか難しいものですが、「認知行動療法」と呼ばれるトレーニングで改善できる部分もあります。
睡眠日誌をつけたり、睡眠環境調整について学んだり、リラクゼーション法を実施したりして、改善を試みていく方法です。サポート用のアプリなんかも出てきています。

ただ、トレーニングには専門家の指導も必要だったり効果に時間がかかるものですので、すぐに実践できそうなものでいうと、まずは朝のうちに日光を浴びることで体内時計を整えること。そして入浴後に90分以内に布団に入ること。
その 90分の間に、なるべく副交感神経を優位にする環境調整をして、ナイトルーティンを組み立ててあげるのも有効です。

環境調整とは、具体的には部屋の電気を暗くするとか、スマホは寝室に持ち込まないとかいろいろあります。僕の著書『メンタルクエスト』でもいくつか紹介しているのでよかったら読んでみてください。

――ありがとうございます。テレワークのストレスを軽減するテクニックって必要なのにまだまだ知られていないですね。

広めていきたいテクニックは多いです。ストレスの感じやすさや傷つきやすさは半分が遺伝的要因と言われていますが、逆に言えば、もう半分はストレスを軽減する環境づくりや、テクニックでカバーできるということです。
ただ、その環境づくりの点は人によって難易度が大きく変わると思っています。
例えば、子育て中で子どもが家にいる人と独身ひとり暮らしの人だと、テレワーク中のストレスや仕事に割けるリソースが違うのは当たり前。
マネジメント側は、社員のリモート環境が千差万別であることを鑑みてそれぞれの個別の負担やリソースを把握できるようになるといいですね。

(※編集部注:今回の調査で、高ストレスかつ自覚がない「隠れテレワ負債者」の76%が、子育て世代で、子育て中のテレワークの難易度の高さが浮き彫りになりました)

先に挙げたストレス緩和のためのテクニックはあくまでも個人的な対策であり、基本的に職域メンタルヘルスの問題というのはセルフケアだけではカバーしきれないものです。マネジメント側が個別のストレッサーを把握し、仕組みで後押しする必要があると思います。